【映画評】さざなみ(45years)は何を表現しようとしたか?

【映画評】さざなみ(45years)は何を表現しようとしたか?

 

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2016年4月公開になりました映画『さざなみ』の映画評です。途中よりネタバレありますので未見の方はご注意ください。

 

【あらすじ(ネタバレなし)】

 

結婚生活45周年のパーティを一週間後に控えた老夫婦、主人公ケイトとその夫ジェフ。子どものいないふたりは愛犬と共に仲睦まじく暮らしていたある日のこと、夫宛に一通の手紙が届く。
それは若かりしころの夫の恋人がスイスの山中で凍結死体となって発見されたという内容だった。
当時の姿のまま変わらない元恋人の死体の報せは夫を静かに、だが激しく動揺させる。
やがて夫は動揺するままに妻に昔語りをぽつぽつとしはじめる。
妻ケイトはそうしてこれまで全く知らなかった夫の一面を知るようになる。
そしてその度妻は夫への100%の信頼は静かに、しかし急速な勢いで揺らぎ始めていく……。

 

 

【映画『さざなみ』が表現しようとしたこと】

 

この映画は大変に静かでともすれば地味なシーンばかりです。
派手なシーンはなく夫婦の小さな亀裂を表現するのに声を荒げるシーンのひとつもない。
しかしその全てに無駄がなく見事。素晴らしい。

 

元々この映画は原題を『45years』といって、デビット・コンスタンティンの『In Another Country』という作家の短編小説を元にして作られたものでした。
そして良質な短編小説が往々にしてそうであるようにこの映画も全篇に渡ってシーン、セリフ、演技の各々がこの小説の表現しようとする“何か”に向けて緊密に無駄なく構成されています。

 

ではこの映画が表現しようとしたことは何か?

 

もちろん一言で語れるならばわざわざ映画など作る必要もなく、一本丸々観るのが何より早いというところではありますが、あえてそれを表現するとすればそれは『過去』と『わだかまり』というキーワードを挙げられるでしょうか?

 

このキーワードを元に映画の各シーンについて簡単に解説をしていきたいと思います。

 

 

【ケイトのわだかまり】

 

原作は夫と妻、双方の視点で語られる小説らしいのですが、この映画については妻ケイトの視点にギュッとフォーカスが絞られて作られています。

 

映画の冒頭から話はすぐに夫に届いた手紙の話に進んでいくのですが、このシーン以降この『さざなみ』という映画は常に『雑音』が激しくしているのですね。
通常であれば会話や街歩きのシーンなど周囲の音はそれ程大きくは収録されないはずですが、この映画では手紙のシーン以降、ケイトの周囲には音楽、雑踏の喧騒、車のエンジン音、それら全てが絶え間なくザワザワと鳴り続けている。

 

この映画の最も重要なポイントのひとつは妻の心理的な内面を独白(独り言や心の声)で表現しない、という点にあります。
妻は何かを感じている。
考えている。
言おうとしている。
しかしそれらは決して表に出されることはない。

 

こうした経験に身に覚えがある人も多いのではないでしょうか?

 

例えば浮気を疑って恋人の携帯や手紙を覗きみたくなる。ソワソワする。
見なければ見ないで気になっている自分を隠しながら相手とコミュニケーションを取る。
当然ギクシャクする。

 

一方見たらみたでわだかまりを覚え、心の裏側はザワザワとし続ける。

 

本当であればそのことについて正面切って会話できればいいのかもしれません。

 

しかし相手を信じる気持ちと激しい怒りがないまぜになり過ぎて自分自身どうしていいかわからなくなってしまう。

 

そうして少しだけ残る理性でそれらを必死に抑える。

 

完全に抑えられていないことを自分では理解しながら、です。

 

この心理状態、表情をシャーロット・リンプリングは見事に、顔と声色、仕草だけで表現しきっています。
銀熊賞受賞も納得の素晴らしい演技でしたね。

 

そしてこの映画は主人公の演技だけでなく音や仕草でギリギリと無駄をそぎ落とした形でこの『わだかまり』を表現していく。

 

例えばこの映画のテーマを象徴するシーンが前半かなり早い段階で語られます。

 

ひとつは夫が妻に氷河について語るシーンです。
氷河の下は眼に見えず察知できないけれどそこにはゆるゆると溶けて染み出ていく水がある、と。
そうしてそれらはある日突然決壊し、全てを流し去ってしまう。人も、モノも。津波にように、と。

 

もう一つは夫婦で運河を船で渡るシーンです。
ここでも運河の歴史について語りながら夫婦関係そのものを語るかのような象徴的な挿話が入ります。
この運河はあるささやかな偶然や選択によってできた運河なのだと。
もしここにその亀裂が入らなければこのような“溝”はできず今と全く違った姿になっただろう、と。

 

妻はほんの一日、二日前までは感じていなかった強烈な猜疑心や嫉妬心、不安に自分の心がどうしようもなく流されていくのを感じています。

 

夫は夫で決して妻からは見えぬものの今とは違ったかもしれない別の相手との夫婦関係に気を奪われているように見てる。

 

そうして元恋人が夫の子を宿していたらしき写真を見てついに妻の心は決壊する。
作中明確には語られないものの何らかの理由でこの夫婦は子供を作っていません。
(どちらかが望まなかったのか、できなかったのか、できはしたのだが……、なのか)

 

このようにこの映画は主人公の内面は直接に描写することをストイックなまでに避け続け、ザワつき続ける喧騒と静かだが象徴的なエピソードを交えていくことによって、観るものの心理をグイグイと不穏な心境へと運び去っていくのです。

 

 

【語られなかった日曜日――この映画の続きについて】

 

さて、この映画はラスト夫婦のダンスシーンで幕を閉じます。
夫に見える時には妻は作り笑いを。
見えない時にはあからなさまな嫌悪感を。
そして最後には妻が我慢しきれずに夫の手をふりほどく。
(昨今増え続ける熟年離婚の象徴的なシーンでもあります。身につケイトれた方も多いのではないでしょうか?)

 

と、このナタで断ち切るような映画の終わり方にこの映画がバッドエンドのようにも思えはするのですが、個人的にはそうとも言い切れないか、とも思いました。

 

この映画の構成として週末のパーティに向けて各シーンが月−火−水……と切られていくわけですが、このパーティが開催されたのはあくまでも土曜日です。
まだ夫婦には安息の日曜日が残されている。
つまりこの夫婦の関係が完全に終わってしまったかどうか、日曜日は観客の想像にゆだねられている終わり方になっているわけです。

 

夫は元恋人の姿の変わらない死体の想像に心奪われ自分の人生の選択に没頭してしまいます。
このあたりの描写はキツイ。しんどい。
自分の人生が終わりを迎えようとするにあたって自分の何が正しかったのか“真剣に”考えこませられる。
全くの別にあり得た人生の分岐点がありありと目の前にチラつくわけです。
それはあまりにリアルであるだけに夫は妻への気遣いをする余裕がなくなってしまう。
言うべきでないことを次々と言い、そのことに気付きもしない。(このあたりは無神経な夫の描写でしたね)
(このあたりのトム・コートネイの演技の素晴らしかった。男の真剣さと無神経さと老いとをこんなに自然に演技できるというのは本当にスゴい。ホントにこんな旦那いるよな、と感じるそのリアリティ!)

 

しかし、気を持ち直した夫は早起きをするようになり、妻を労わり、パーティでは妻への愛を真剣に語ります。

 

もし、日曜日、夫が変わらずに早起きをし、妻を労わるようであればまだ夫婦の回復はありえるかもしれません。
あるいは三日坊主に終わり寝床で眠り続けているようであれば関係の回復は難しいでしょう。

 

しかし、この夫婦の行く末を占う日曜日を私たちは観ることはできないのです。
(僕自身は回復へと向かっているだろうと――希望をこめて――思っています)

 

最後にこの映画のタイトルを『さざなみ』にしたのは宣伝スタッフの良い仕事であったと思います。
よく映画の本質を表現していると感じます。
(『おみおくりの作法(原題:Still Life)』の改悪とはエライ差です……)

 

※『おみおくりの作法』の映画評はこちら

 

 

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