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【映画評】虐殺器官はワトソンのいないホームズだ!

【映画評】虐殺器官はワトソンのいないホームズだ!

 

映画,虐殺器官,ネタバレ,感想,批評,考察

 

 

夭逝した天才SF作家、伊藤計劃の小説を原作とした映画、『虐殺器官』を観てきました!
伊藤計劃自体は、本屋さんで円城塔が何かしら共同執筆している的なPOPを見て以来気にはなっていたのですが、まずは映画で親しもうと劇場へといったわけです。

 

さて、映画『虐殺器官』の感想ですが、、、開始早々の戦闘シーンの引き締まった描写を観て、「お、これはっっ!」と思いはしましたが、しかし、全体を観終えて振り返ると、うーん、、、とならざるを得なくなってしまった。

 

理由はいくつかありますが、その中でも最も大きなものはひとつ。

 

虐殺器官というエンターテイメント作品は、ワトソン役のいないシャーロック・ホームズになってしまっている、ということです。

 

この作品は、一見思弁的・哲学的な見せ方で難し気なことを語ろうとしているかに見えますが、その本質は純然たるエンターテイメントです。

 

エンターテイメントというと何か軽くみられるかもしれませんが、エンターテイメントというのは無茶苦茶に難しいことなわけです
頭に汗をかきまくらないと観客は素直には楽しんでくれません。

 

しかし、思弁的な見せ方の方が良いと考えたのかどうかはわかりませんが、虐殺器官は、本質においてエンターテイメント作品であるにもかかわらず、肝心のエンターテイメント性を犠牲にして、哲学的佇まいの方を優先させてしまっています。

 

結果的に”ガツン!”とくるものが損なわれている。

 

まずはそのことを説明するためにも、映画『虐殺器官』の物語の構造をネタばれありで解説していきたいと思いますので、未見の方はご注意ください。

 

◎虐殺器官の物語を読み解くと?

映画『虐殺器官』の様々な要素をぎりぎりまでそぎ落として物語の骨格を眺めると、実は、

 

◎『黒幕(犯人)を見つけ出し、捕まえる話』

 

という非常にシンプルなものであることがわかるかと思います。

 

追う側(クラヴィス)と追われる側(ジョン・ポール)の関係を中心に描かれる物語。
つまり、構造そのものをとってみれば、いわゆる探偵もの・警察ものと同じなわけです。

 

さらに虐殺器官の物語上の『面白味』を構造から分析すると、以下の2点を挙げられます。

 

 

@HOWに隠された意外なWHY

 

『犯行方法(HOW)の究明』(どうやったんだろう?)に物語的求心力をもたせることで、観客から『犯行動機(WHY)』(なぜやったんだろう?)を隠蔽する。
この構造がまず1点目。

 

物語のクライマックスで『意外な犯行動機(WHY)』が明かされ、追われる側に対して抱いていた観客の感情(悪いやつに違いない等)が一発でドカンとひっくり返される。
そこに私達が物語的快感を覚える構造です。

 

今回であれば、『紛争拡大』と『虐殺の文法』の関係究明(どうやったんだろう?)が『犯行方法(HOW)の究明』にあたり、クライマックスで明かされる『米国の平和のために』というジョン・ポールの善なる動機の部分が『犯行動機(WHY)』にあたります。

 

こうした筋運びは、いくつかのミステリーと類似する要素ですね。
犯人が実はいいやつだった式のものと同じです。

 

 

Aダークサイドへの転落

 

次にダークサイドへの転落、です。

 

『追う側(正義)』が『追われる側(悪)』と対峙した結果、『追われる側(悪)』が『追う側(正義)』の精神的師匠(メンター)へと変化し、『追う側(正義)』の行動が180度反転する。

 

虐殺器官においては、ジョン・ポールの動機にクラヴィスがむしろ共感してしまい、ラスト、米国に『虐殺の文法』を伝播させるシーンがまさしくこれにあてはまります。

 

これは、まぁ、いわゆるスターウォーズのアナキン・スカイウォーカーがパルパティーン皇帝によってダース・ヴェイダーへと導かれるのと構図としては同じですね。

 

 

物語の骨格としては先に見たとおり、いわゆるミステリーものに近い。
SFを舞台にしたミステリーなわけです。

◎虐殺器官のオリジナリティはどこにあるか?

 

さて、では虐殺器官の映画的オリジナリティならびに映画的魅力はどこにあるのでしょうか?
(どこにこの作品は力点を置いているのか?)

 

それは以下の6点です。

 

@近未来的SFガジェットのクールさ
A硬質で冷えた空気感
B迫力あるアクションの描写
C『追う側』の悪への転向描写の説得力
D『虐殺の文法』という『犯行方法』そのものの面白さ
E『意外な犯行動機』から刺激される安全や平和、監視といった問題への考察

 

 

逆に言えば、上記6点について魅力ある描写ができていれば、この作品は勝てたはずだ、と僕は思います。

 

では実際の作品はどうだったか?

 

@とA、SF的ガジェットと冷えた空気感の描写は良かった。
楽しめた。

 

けれど、逆にそれ以外は僕は正直に言ってどれも上手くいってるとは思えませんでした。

 

なぜでしょう?
映画,虐殺器官,ネタバレ,感想,批評,考察

◎虐殺器官の何がどう、上手くいっていないのか?

簡単に以下について、それぞれ何が問題となっているのか、について書いていきたいと思います。

 

Bアクション描写に迫力がない

 

主人公のランニングシーンや格闘シーンなど、腰がどれもひょろりと高い上に身体の厚みも捩れもなく、とても米国の超エリート軍人の身体の動きには見えません。
モーションキャプチャーをしているようなので本物の人間の動きなのだとは思いますが、しかし軍人の身体と例えば僕の身体とではそこに宿るリアリティは全く違うもののはずです。
とても格闘を専門にした人間のキャプチャーとは思えない。

 

作品全般を通じキャラクターの表情のアップや銃器の描写はリアルなのに、身体全体が動く描写となると途端にリアリティを失い、人物がパッと軽くなってしまう。
SF的ガジェット描写のワクワク感がある一方で、どうにも人間描写の軽さをぬぐえない。
そのあたりに、作り手側の人間に対する興味の薄さを感じてしまいます。

 

 

C『追う側』の転向描写に説得力がない

 

クラヴィスは、愛するルツィアを目の前で失うことで最終的にはジョン・ポールの意見に共感し、転向します。
しかし、このクラヴィスがルツィアに執着するに至った心理描写がほとんどないため、突然にストーカーさながらにクラヴィスが追いまわし始めているように見えてしまう。
ルツィアを失うまでの心理的なタメがなさ過ぎると僕は思います。

 

原作では、母親との関係が非常に大きな転向理由になっているようなのですが、ここが省略されているため、クラヴィスの心理に全然ついていけない。

 

それまで感情がブレないエリート特殊兵という描写が散々されているのに、突然ルツィアへ執着しはじめるので余計に唐突なものとして悪目立ちしてしまっています。

 

 

D『虐殺の文法』の説明セリフがあまりに長い

 

この映画の最大の魅力にして最大の失敗が恐らくここです。

 

この映画、台詞が多く、長く、かつ単語の多くが『生得的文法がーー』など、聞きなじみのないものばかりです。

 

で。

 

結局何を長々話しているかというと、『虐殺の文法』という『犯行につかった凶器の説明(設定の説明)』をしているだけなわけです。

 

言語学や哲学、文学などの用語をちりばめて一見難しくは見えますが、その本質は魔法が使える理由、とか、竜が火を吐く仕組、とかと同じ『設定の説明』です。

 

あるいは『一見不可能に見えるこの犯罪も実は物理学の知識があればできちゃいます!』式のトリックの解説と同じわなけです。

 

しかしこの作品では、その設定の説明が非常に長く、かつ、難しい単語で行われる。

 

 

通常こういった『やや難解な仕組で行われる犯行』が登場するときには、大体登場人物にひとりはバカ役が用意されます。

 

『つまりどういうことだってばよ?』とそのキャラに言わせ、改めて主人公が平易にそのキャラに説明をすることを通じて、物語の設定と観客の理解との間に橋渡しが行われるわけです。
(ホームズとワトソンの関係ですね)

 

しかし、この作品はワトソン役がいない。
皆がベケットやカフカやチョムスキー等を知ってるくらいの前提で話が進んじゃう。

 

それによって何が起こるかというと、、、

 

まず言語学の議論に触れたことがない人は『設定理解で手一杯』になる。
小説と違って読み返せるわけでもないですから、ただ難しいことを言っているけど何かそうらしい、位になっちゃう。

 

逆にこの手の議論に馴染みがある人からすれば、単に長々説明が続く動きのないシーンが続いてるだけに見える。
特に言語学的な見地に新たな視点が持ち込まれているようなものでもないですから、本当にただ『アイデアの説明』をしているだけに見える。

 

 

確かにこの作品は難し”げ”には見えます。
しかしそれは本質的には『観客との橋渡し役がいないから、そう見える』だけです。

 

『橋渡し役』をおかないことで作品は一見クールには見えます、
しかし、作品の難し気な『雰囲気』を、観客を楽しませる『心意気』より優先させた時点で、僕はエンターテイメントとしては失敗なんじゃないかな、と思います。

 

映画,虐殺器官,ネタバレ,感想,批評,考察

 

 

E平和や安全への考察をキャラクターがちゃんとしているように見えない

 

この作品の大きなテーマに安全や監視社会といったものへの考察があります。
確かに最初に観た時にはジョン・ポールの犯行動機にはハッとさせられるものがありました。

 

ジョン・ポールの犯行動機は米国の安全を確保すること、です。
そのためなら他人を犠牲にしても構わないと考えている。

 

その具体的手段として、人間の持つ生得的文法を利用して虐殺の文法を開発し、第三国に伝播させ、彼らから米国に危害を加える体力を根こそぎ奪い、結果として米国の安全を確保しようとします。

 

しかしよくよく考えると、これはあまり納得ができない。

 

虐殺の文法がありうるなら当然平和と友好の文法だってありえるはずです。
どう考えても言葉を発する回数のうち、虐殺か平穏かで言うと、平穏寄りの文法を私たちはつかっている。
虐殺させあう方がハードルは高いはずです。

 

虐殺器官のキャッチコピーに、『地獄は、この頭の中にある』というものがあります。
なるほど、確かにそれはそうかもしれません。

 

しかし、逆に言えば、『天国は、この頭の中にある』のかもしれません。
そしてそれは、もしかしたら『地獄が頭の中にあるよりももっと悲惨なこと』だってありえます。

 

こんなことを言うと難癖をつけているだけのように見えるかも知れませんが、しかし実はこれは非常に大きなポイントで、要は、ジョン・ポールが『虐殺する』前提のキャラクター『設定』で物語ができあがってしまっている、ということです。

 

『人間というものは虐殺の文法はありえるが、平和の文法はもてない!』

 

という『答え』を、様々な問いの結果、彼自らが導き出したわけではない。

 

つまり、この作品は一見思弁的に見えるものの、その本質は、実はあんまり考えたものではなく、『物語を面白くするための結論ありき』で作られている

 

 

娯楽と哲学をわけるものがもしあるとすれば、それは、『自分なりに考え、問いに答えを出そうとする』態度があるものが、哲学で、『観客が考えていることをある程度前提にして楽しんでもらうこと』を優先する姿勢が娯楽であると、僕は考えます。

 

その意味で、この虐殺器官は、その根っこの部分は激しく『娯楽』なわけです。

 

それはそれで全然かまわないのですが、だったらもっと観客にサービスをして、一心不乱に楽しませてくれるようにして欲しい。
もしそれをしないのであれば、もっとハッとさせる問いを鋭く出してほしい。

 

もちろん、エンターテイメントと原作の持つだろう思弁的な空気感をいかに両立させるかは、本当に難しい問題だったのだろうとは思います。
そもそもがもしかしたら不可能だったのかもしれない。
その中でできるギリギリのラインを攻め切った作品である可能性だってある。

 

ただいずれにせよ、作品化までの背景はどうあれ、現状としては、中途半端になってしまっている、と僕は思います。

◎まとめ

虐殺器官は、SF的ガジェットはカッコよく、魅力的であるものの、肝心の『虐殺の文法』周りの物語が、ワトソン役がいないことで、ホームズのトリックの解説が観客を無視して長々続くミステリーのようになっちゃっている、というのが、僕の意見です。
もちろん、この作風でワトソン役がいたら原作ファンの方に怒られちゃうかもしれないですが……。

 

いずれにせよ、アクションやガジェットを流れるような映像で観たい!観れた!というだけではなかなか面白い映画だった!とならないあたり、原作ありきの映画というのはそれだけ難しいのかもしれませんね。

 

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