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おみおくりの作法 ★★★★☆ <お値段以上>

 

映画、『おみおくりの作法』を見てきましたので、その構造分析を含め、感想を以下にまとめています。

 

この作品、丁寧で誠実で素晴らしかったのではないでしょうか?

 

様々な要素が綺麗に対比され、にも関わらず控えめで見る価値は大いにありました。

 

比較といってはなんですが、類似テーマで同時期に公開された邦画『悼む人』の感想も別途まとめていますので、よければそちらもご覧ください。

 

邦画『悼む人』の感想

あらすじ

ジョン・メイというイギリスの公務員の仕事がメインとなっているお話です。

 

彼の仕事は身寄りなく亡くなった人に対し、「もし身寄りの人がいたら、していたであろうお葬式を代わりに上げる」という一風変わった仕事です。

 

年齢は44歳、子供はおらず、女性の影はおろか友人もいない。

 

彼は、この少し変わった仕事を実直に、丁寧に、黙々と続けます。

 

例えばこんな風に。

 

・死んだ人の部屋に訪問し、そこにある何か大切であろう写真をまとめどんな人間であったか想像をする。
・大切にしていたであろうレコードの埃をはらい、死んでしまった彼・彼女のために最適の葬送曲を考える。
・できる限り、彼・彼女の知古を探し、その最後に来てもらえるよう話をする。(むげに断れることが多くとも、電話する。けれど、無理強いはしない)
・彼・彼女の人柄、人生を想像し、一つ一つ弔辞を書く。
・丁寧に遺灰を撒く。

 

ある日、彼の住んでいる部屋の向いの男が死んだという報せがやってきます。

 

向いの部屋の男の名はビリー。身寄りなく死んだ男。

 

死んだ男のための「おみおくり」の準備を始めるジョン。

 

しかし、彼の仕事ぶりは、上司には無駄の多いコスト過多な仕事と映ります。
上司はジョンにクビを宣告する。

 

ジョンは、ビリーの「おみおくり」は全うさせて欲しいと嘆願。

 

ジョンの最後の「おみおくり」の仕事が始まるのです。

作品構造の概要

この作品はジョン(静と生)とビリー(動と死)の対比構造を軸として展開されていきます。

 

自分なりに図にすると以下のようになるでしょうか?

 

時間軸で導入/相互影響/おみおくりの3フェーズに分割してみました。

 

 

1.主人公ジョンとその仕事の紹介

 

最初のシーンからしばらくの間、観客にはジョンとジョンの仕事「おみおくり」というものの紹介がなされます。
ここで、私たちはジョンの仕事の中身とその仕事への取り組み方、生活の送り方を通じ、ジョン自身の人柄について知っていくことになります。

 

おみおくりの作法

 

2.ジョン(静と生)の世界と、ビリー(動と死)の世界が次第に混じり合っていくフェーズ

 

ジョンの最後の仕事であるビリーの身辺調査を通じ、私たちは少しずつ全く謎であったビリーという人間がどんな人間であったかを知ることになります。
また、合わせて私たちはビリーを知ることで変わっていくジョンを見ることになります。

 

おみおくりの作法

 

3.ジョンとビリーが共にみおくられる葬式の対比。

 

そして、ラスト。
これまで見送る側であった人間のジョンは不慮の事故により、みおくられる側であったビリーと同じ立場に立つことになります。

 

ビリーは、これまでのジョンの丁寧で誠実な仕事ぶりもあり、参列予定のなかった友人、家族にみおくられます。
一方ジョンは、皮肉なことに自分自身がこれまでみおくってきた人と同じように身寄りなく、誰からもみおくられることなくひっそりとその葬儀を終えます。

 

孤独に消えていくと思われたジョンの葬儀はしかし、最後、彼が誠意をこめて見送った死者たちが言葉なく彼の周りに集まり、、、というシーンでエンディングを迎えます。

 

おみおくりの作法

丁寧で、上品で、暖かく、禁欲的で、残酷な作品

素晴らしい作品であったように思います。

 

まず第一に、これだけ重いテーマの映画であるにも関わらず、始終漂うユーモラスな空気感。

 

劇場ではジョンの振舞いに思わず観客が笑ってしまう、というシーンが多々ありました。

 

重く、哲学的なテーマを重く苦しく、そして涙ぐましく語ることは簡単とは言いませんが、時に自己憐憫的で偽善的になりやすいキラいがあるのは否めません。

 

けれどこの作品は、そうした罠を丁寧に、丁寧に回避していきます。
(まるでジョン・メイの仕事のようにひとつひとつ)

 

主演のエディ・マーサンの演技も素晴らしい。

 

ジョンという男は、自分の考えも哲学も語りません。ただ一度、恋をしたビリーの娘に「こんな風にすればいいおみおくりになると思うんだ」と情熱的に語る一瞬を除いて。

 

上司に、「死をみおくることも生きている人間の自己満足に過ぎないのだから、過度にみおくることにコストをかけるのは合理的でない」と言われクビを宣告される場面でも、彼はただ「私はそう思いません」というだけです。

 

彼が能弁なら、「死者を見送る姿を見ることで、私たちは生きることへの勇気と、死ぬことへの恐怖を和らげることを思うことができるのです」と言えたかもしれません。

 

けれど彼は能弁ではなく、友人もおらず、ただ、上司がいうようには思わず、理解されなくとも自分がこうしたほうがいいと思うことを、最後までやろうとします。

 

このシーンを思うと僕は胸が詰まってしまいます。

 

もし、彼が有能なビジネスマンなら彼の行為の意味を伝え、雇用を継続させられたでしょう。

 

けれど彼はそうはできないのです。

 

ただ、自分の最後の仕事を全うしたい、ということだけに力を尽くします。

 

ある意味で非常に弱い立場の人間なのです。

 

そして、そんな彼の仕事は、これ程までに誠意を尽くしたにも関わらず、自分を理解してくれる可能性があったかもしれないビリーの娘に知られることなくひっそりと死んでいってしまう。

 

この作品は、最後、彼の墓の周りに彼がみおくってきた死者が集まってくることで少しの救いがあるような見え方がしていますが、裏をかえせば彼は「生きている人間の誰ひとりにも理解してもらうことも、みおくってもらうこともできなかった」のです。

 

僕はそれを思うとたまらなく悲しくなります。

 

そしてそれは人々が意図的に彼を無視したわけでもなければ、忘れようとした結果でもありません。

 

事実ビリーの娘は、ジョンのことを気にかけしきりあたりを見回します。

 

ただ彼はいくつかの偶然やすれ違いにより、そうなってしまったのです。

 

このラストを見て僕はもう一度チェーホフの『ワーニャおじさん』を読みたいと思いました。

 

ワーニャおじさんもまた、決して生きている世界では誰の悪意のせいでもなく理解されることは決してないだろうという深い悲しみと、死んだ先の世界ではきっと苦しみをわかってくださるだろう、という儚い祈りがある作品だったからです。

 

誠実な作品であるということ

平凡な人生を肯定するモノの映画や小説というものがあります。

 

例えば村上春樹の「かえるくん東京を救う」ですとか、ゴーゴリの「外套」であるとかです。

 

主人公は平凡でうだつが上がらず、であるからこそその小説世界の外で、応援される形式の小説です。

 

この種の作品は作者に非常に禁欲的であることを求めます。
禁欲さがない作者がこの手の作品を作ると尊大な作品になりやすいからです。

 

何故なら『平凡な人生に幸あれ、と祝福する特異な俺(作者)」』という自意識がにじみ出る可能が高いからです。
(例えばジャーナリストが時折異常に「世間の声」を代表して傲慢に振る舞ってしまうように)

 

こうなると読者・観客は興ざめです。

 

「余計なお世話だ」と言いたくなるでしょう。

 

誰のセリフだったか忘れてしまいましたが、「同情できるだけあんたはマシな人生を送ってきたってことさ」というやつです。

 

(ちなみに村上春樹とゴーゴリの作品は傑作ですので、これに当てはまりません。素晴らしいです。是非ご一読を)

 

 

その意味で、この作品も同じような作品になる可能性はありました。

 

「見ず知らずの人間の人生を勝手にまとめる文章を書くことは本当に誠実なのか?」
「誰もいない葬式に意味があるのか?単なる自己満足ではないのか?」

 

この作品はこうした罠を慎重に、丁寧に考え、物語にしていきます。
聖人君子ではないジョン。
誠実な仕事を行うも最後まで理解されないラスト。
短く刈り込まれ、無駄のない物語。
ひとつひとつが丁寧で、そしてどこかユーモラス。

 

もし、この作品を感涙の作品にしたいのなら、ラストでジョンの葬式でジョンの生き方をまとめる弔辞を流してもよかったでしょう。
僕はきっと号泣していただろうと思います。
「ジョン・メイは、誰の文句を言わず、死者のために生き、そして恋をしました。暖かな自分の墓地を故人に譲り……」

 

けれどこの作品はそうはしなかったのです。
最後、ジョンのこともビリーのこともその人生を語る弔辞は読まれません。
ただひっそりと関わった人だけが、生死にかかわらず傍にいるというファンタジーだけを観客に見せて終わる。

 

残酷で、素晴らしい映画でした。

 

僕が身寄りなく死ぬ時がきたら、ジョンにみおくってほしい、僕はそう思いました。
そしてこの作品はそう観客に思わせることができたのなら、勝っているといっていいように思います。

 

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