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アメリカンスナイパー ★★★★☆ <素晴らしかった>

 

アメリカン・スナイパーの感想と構造分析をまとめてみました。(アカデミー賞もとったみたいですね)

 

米国では「愛国映画だ、反戦映画だ」と議論が激しくなっているそうですが、それも頷けます。

 

この作品の凄いところの一つは、上記いずれの見方もできるように意図的に作られているところです。

 

にもかかわらず、「どっちつかずの中途半端」という印象を一切与えない。強烈なメッセージ性。

 

ラスト・シーンにそれは凝縮されているでしょう。凄い。

 

この映画は、見たひとの政治信条を炙り出す力があります。

 

詳しくはあらすじ以下にまとめていますので、よければどうぞ。

 

※マイケル・ムーアのこのインタビュー面白いです。日本と米国の政治環境の差がよく見えます。
あと、ムーアの政治信条はともあれ、同じモノづくりの人間として作品自体の出来には常に敬意を払うという姿勢は見習いたいな、と思いました。

 

マイケル・ムーアのインタビュー

 

 

あらすじ

南部出身の青年、クリス・カイル。

 

彼は父から、『狼』から『羊』を守る『番犬』になることを教えられ育つ。

 

成長し、カウボーイとして生きることを目指すももはやその生き方は現実的な選択ではなくなっていた。

 

そんなある日TVにてワールドトレードセンターがテロリストによって無残に破壊される姿を目撃する。

 

彼は、愛国心と父の教えを胸に軍隊に入隊。

 

厳しい訓練に耐えながら、スナイパーとしての才能を次第に発露。米国屈指のエリート部隊、シールズに配属される。

 

訓練中に出会ったタヤとの結婚の後、イラクへの3週間の派遣が決定される。

 

彼は戦場でスナイパーとしての才能を開花。その戦果からやがて戦友達に『伝説』と呼ばれるようになっていく。

 

派遣を終え、家庭に戻り、再び派遣されを繰り返していくうち、そんな『伝説』の心を戦争の影が少しずつ蝕んでいく。

アメリカンスナイパーの作品構造―ネタバレあり―

さて、この作品ですが、まずはさすがクリント・イーストウッドといったところでしょうか。

 

画面には静かな怒りが通底音として響き、そして何かを声高に主張する代わりに、淡々と、けれど強烈なエネルギーを見せつける映画となっています。

 

素晴らしかったと思います。

 

この作品は『これがテーマです』とか、『言いたいことです』とかいった一括りで語れない作品となっています。

 

戦争映画につきものの批判、またはその裏表の関係になっている賞賛。

 

『この作品は愛国心の映画だ(だから誇らしい!/だからくだらない!)』
『この作品は反戦映画だ(だから誇らしい!/だからくだらない!』

 

この映画は、相反する上記の見方を、どちらも受け入れます。
どちらの立場にたっても、『この映画のここが、だから良かった!』と語ることができるでしょう。

 

というよりも、『見た人がもっている政治信条を炙り出す力がある』といった方がいいかもしれません。

 

さて、この作品の構図を簡単ですが図にしました。

 

アメリカン・スナイパーのネタバレ,映画評,感想,虐殺者

 

この作品は、2つの対比を軸に構成されています。

 

1.アメリカを守る『番犬』のクリス・カイル と イラクを守る(?)ムスタファ(虐殺者)
2.戦場(イラク/軍隊の仲間) と 日常(アメリカ/家族)

 

この作品は、クリス・カイルという『番犬』であった男が、戦場と日常を行き来するうちに少しずつ精神的にダメージを負っていく様が基本となっています。

 

 

クリスは『番犬』か『狼』か?

さて、まずはこの作品のもっとも重要と思われるエピソード、『狼』から『羊』を守る『番犬』としてのクリスについてです。

 

クリスは、アメリカ南部のいささかオールドファッションに思えるような父からの教育に強く自我を規定されています。

 

彼は弟をいじめっ子から救った後の食卓で、父親にこう言われます。

 

父曰く、

 

『狼から羊を守る番犬であれ』
『羊であることは許さない(お前を殴る)』
『番犬として狼に振るう暴力は許す(お前を殴らない)』

 

クリスは元々カウボーイとしての夢を持っていましたが、そんな生き方はもはやアメリカでもリアリティのあるものではありませんでした。

 

彼は自分の身の置き所を失っていたところに、テロ事件を目の当たりにし、軍隊への入隊を決意します。

 

彼はまさに『狼(テロリスト)』から『羊(家族/アメリカ)』を守る『番犬(兵士)』であることを求め、そして軍隊で才能を開花させ、仲間を得ていきます。

 

そんな彼と戦場でライバル関係になるのが、イラク側の天才スナイパー、ムスタファ(通称、虐殺者)です。

 

 

この作品でのムスタファは、ちょうどクリスと鏡合わせになる存在として、クリスの価値観(米国的価値観)を、観客に相対化して見せます。

 

ムスタファもオリンピックで活躍する夢がありながら、もはや叶わず、また、家族を守るために銃をとっていることが、短いカットの中で示唆されています。

 

ムスタファを米軍は虐殺者と呼んでいますが、一方クリスもゲリラ兵たちから悪魔と呼ばれるようになっています。

 

つまり、ここまでで、クリスという『番犬』が、イラクのムスタファ側から見たときに『狼』であるような見せ方が取られています。

 

 

この作品のうまいところは、こうした鏡合わせの形になっていることに、クリス自身は一向に考えず、また気が付かない、というところです。

 

あくまで米国の1兵士という立場にのみ立っているために、クリス自身は『俺は果たして本当に番犬なのか?狼ではないのか?』という疑問を持つことはありません。

 

ただ観客にそっと画面を通じて提示されるだけです。

 

クリスはこうした疑問を頭で考えることはありません。

 

しかし、着実に心身の異常という形で表現されていきます。

 

の象徴的なシーンが、クリスの何度かの派兵後、自宅でバーベキューパーティーを開いていた時のことです。

 

ここまでで、クリスが異常なほどの過緊張を常時強いられていることが身体検査のシーンで表現されますが、そののち、クリスは飼い犬が自分の子供と遊ぶシーンで、自分自身の過緊張と精神のアンバランスから『誤って飼い犬を殴打しようとして(まるで父親が以前したようにベルトで)』います。

 

クリスはこの時、『番犬』であったはずなのに、気が付けば『番犬』を襲う『狼』へと変貌してしまっていることが示唆されます。

 

(飼い犬が『牧羊犬』に適した犬種であることも象徴的です)

 

つまり、クリスは恐らくかなりな程度暴力的であったであろう父親のもと、一種純朴なオールド・アメリカンスタイルの価値観を胸に成長するものの、次第に戦争で精神を崩し、いつのまにか単なる『狼』になってしまっているのではないか?ということが、ムスタファの比較とこのシーンを通じ、観客にだけ表現されるような形になっています。

 

クリスは、何しろ戦場で生き残られねばなりません。そこでは恐らく自分自身の闘う理由を疑うことは、タブーのはずです。

 

後半死んだ戦友のことを、クリスは妻にこう話します。
「闘う心をなくしたから死んだんだ」と。

 

クリスは、自分自身を守るため、自分を疑うことができない立場の人間なのです。

 

精神科医に戦場でのことを問われ、彼は「殺すことに疑問はない、ただもっと味方を守れなかったことが悔いが残る」と答えます。

 

解釈が別れるシーンではありますが、僕としては、恐らくクリスは「生き残るために自分に疑問を抱かない」という術を身に着けていたと考えるべきではないか、と思います。

 

彼の言葉を本心として字面通り受け取るよりも、そうせざるを得ないのが戦場なのだ、と。

 

あくまで、一兵士として。

 

であればこそ、彼は言葉とは裏腹にその心を疲弊させていくのです。

 

 

いわゆる愛国派の観客はこのシーンでクリスに強い賛意を感ずるでしょうし、一方反戦的な方は同じようにこのシーンでクリスの心の傷にこの映画の反戦的匂いを感じるでしょう。

 

ただひとつ言えることは、クリスにとって戦争は個人的で仕事で、そして大きな視野で語ることができない問題であったということだと思います。

 

 

クリスにとって『家に帰る』とは?

次にこの映画のもう一つの軸である、『戦場』と『日常』についてまとめたいと思います。

 

 

クリスにとって戦場は、もっとも自分の才能を輝かせることができる場所であり、また、命を預け合う仲間との場所なのです。

 

ここで過ごしたことがいかに大事かは、仕事を激しくした経験のある方なら共有できるのではないでしょうか?

 

クリスにとって戦争は、義務であり才能の発露であり、やらないわけにはいかないものです。

 

一方、妻タヤも妊娠時に夫が死ぬかもしれないと一人で爆音のなる携帯を握る恐怖も、想像を絶するものがあります。

 

「家に帰ってきて欲しい」とタヤは繰り返しクリスに伝えます。

 

こうしたすれ違いは苦しいものです。

 

平和な仕事であっても、例えばプロジェクトの成功に導くプレッシャーにさらされながら、終電での帰宅、土日出勤と続く夫と妻といったものと、共通点はゼロではないでしょう。

 

 

さて、クリスはタヤに派兵を断って欲しいという想いを断り、再び戦場に戻ります。

 

戦友の敵を取るため、宿敵を殺すため。

 

彼は出兵前にタヤに『戦友が死んだのは守るべきもの(国や信念)を捨てたからだ』といった旨のセリフを述べ、そして再びイラクに向かいます。

 

彼は最後、ムスタファを射殺するとき、『狙いは小さく』と、入隊間もないころのアドバイスを呟きます。

 

そして戦友の名を呟くのです。

 

この瞬間、彼にとって戦争というものは「神」や「国家」といった「大きな」ものから切り離され、個人的な想い(戦友の敵を取りたい)や願いで戦う男に変化しています。

 

 

これにより彼は神がかり的なスナイプを成功させますが、結果的に味方を大変な危機に巻き込んでしまいます。

 

 

彼はこの戦闘の中で、妻に「家に帰るよ」と告げ、そして戦場に聖書(信仰)と銃(仕事/生きがい)を置き忘れ、初めて家に帰る資格を得るのです。

 

信仰と仕事を失った彼は、どこに帰ればいいのかわからなくなります。

 

 

このシーン、スケールが小さくなることを承知の上でこんな例え方ができるかもしれません。

 

生来の責任感の強さから、企業戦士として家庭を顧みずに働きづめだった男が仕事を辞め、もはや何を生きがいに生きればわからなくなっている状態。

 

そして、小さいころの夢や趣味を再開させる、といったような。

 

この作品の皮肉なところは、『戦場』という場から離れようやく『日常』にもどった思った矢先、『日常』はすでに『戦争』に壊されていて、帰還兵によって『平和なアメリカ国内で』クリスが殺されるというエンディングでしょう。

 

 

 

 

なぜエンドロールは無音だったのか?

この作品は、何度か書いていますが、愛国的な価値観からも反戦的な価値観からも、自分の琴線に触れるところをピックアップして鑑賞することが可能な『幅』がある作品です。

 

最後、クリスは帰還兵によって殺されます。

 

映画のラスト、実際の葬儀の映像が、クリスを英雄として葬送する映像が流れます。

 

そして、無音のスタッフロール。

 

もしこの映画を『アメリカのために死んだ英雄譚』にするのであれば、ここで英雄的な音楽を流してもいいはずです。

 

または『悲惨な戦争を糾弾する映画』にするのであれば、最後の映像を皮肉めいたものにしてもいいはずです。

 

けれどここでは何一つ音はならず、そのまま終わってしまいます。

 

もちろん色々な解釈はあるとは思いますが、僕は『観客にこの映画で表現されたことの判断を投げ渡した』と思いました。

 

英雄としてみるのか?犠牲者としてみるのか?

 

アメリカは本当に番犬なのか?羊だったのか?

 

どのような見方でもできる懐があるからこそ、私たちに考える時間を、自分で考え、感じる時間を与えているような気がしています。

 

 

※アカデミー賞受賞繋がりで、『ベイマックス』の映画評をまとめていますので合わせてどうぞ。
『ベイマックス』の感想はこちら

 

 

ちなみに原作(自伝)でのクリス・カイルは映画と違い映像的な演出がないので、内省的なところはかなり少なく、『とにかくやらなきゃならなかったんだからやったんだ、文句あっか』的なスタンスが強く、その点で映画との差異は結構あるので面白かったです。

 

 

 

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