金利の違い

もしあなたが自由に生きていきたいのなら

このブログについて

はじめまして。

 

自分の感じたことを人に伝えるための修行の場としてブログを立ち上げました。

 

興味があることは以下のようなことなので、それらに応じたコンテンツになるかと思います(予想)

 

『そもそもどうなれたら自由なのだろう?』
『映画・書評・ニュースの感想』

 

どうぞよろしくお願いいたします。

 

 

 

 

映画,アイ・イン・ザ・スカイ,ネタバレ,感想,評価,批評

 

映画、アイ・イン・ザ・スカイを観てきました!
ハリーポッターの真の英雄、スネイプ先生役でお馴染みのアラン・リックマンの遺作ともなった今作。
個人的にドローンならびに最新テクノロジーが戦争に与える影響が如何ほどのものか知りたいという思いもあり、観にいったわけですが、、、

 

ドローンをはじめとする最新テクノロジーがいかに戦争に影響を与えたのか? というドキュメンタリー視点での興味を満たそうとすると強烈な肩透かしを食らいます。

 

その意味で僕が勝手な期待をしていたということもありますが、正直にいってこの作品はちょっと辛い。
なぜそう言えるのか? を、ネタバレありで構造に踏み込みながら、感想・批評・評価を述べていきたいと思います。

 

映画,SING,シング,感想,評価,ネタバレ,批評

 

映画、SING(シング)、観てきました!
いやー、面白かったですね。モアナと伝説の海も面白かったですが、シングも負けずと面白い。
決して完璧というわけでもないし、色々と気になる点はあります。

 

モアナと伝説の海のレビューはこちら

 

作劇の観点から観ると、決して『見事な作り』とは言えないし、特にドラマの盛り上げ方やキャラクターの部分には欠点だってある。

 

それでもこの作品が人の心を(少なくとも僕の心を)グッと揺さぶったのは、ひとえにこの作品の発するメッセージが普遍的で力強いものであることと、それを支える音楽の力が何よりしっかりとしていたからだと僕は思います。

 

ちなみに字幕、吹替と両方を見てきましたが、どちらかしか観れない、という方には個人的には吹替版をおススメしたい、と思います。

 

今回吹替は皆、歌が抜群にうまいですし、声優としての違和感もほぼありません。
ムーン役の内村さんも言われなければわからないくらい声がしっかりとムーンの声になっている。
(多分違和感があるのはジョニー役の大橋さんくらいかな。歌は抜群に上手いですけどね)

 

長澤まさみ歌うめぇな! みたいな。
齊藤さん、うめぇな! ぺっ!って言ったよね? みたいな楽しみ方は吹替版だけでしかできないですしね。
(スカーレット・ヨハンソンも良かったけど)

 

さて、それでは以下にネタばれありで、なぜこの作品は若干マズいポイントがありながらも勝利したのか?(面白かったのか?)を物語の構造に踏み込みながら、感想・批評を書いていきたいと思います。

 

映画、モアナと伝説の海を観てきました!
昨年度のズートピアの出来は半端じゃありませんでしたが、今回は果たしてどうだったでしょうか?

 

正直に言えば……

 

僕自身の率直な感想としては、映像や音楽は物凄いものの物語そのものは”なぜか”ピンとこなかった。

 

 

今回エントリーでは、『なぜピンとこなかったのか?』、その理由について物語や登場人物の造形にまで踏み込んで批評/解説をしてみたいと思います。

 

そして僕が観る限り、この物語で真に主役になるべきだった人物は実はモアナでもマウイでもない、”あの人”であるべきだったように思います。

 

最初はネタバレなしで本作の素晴らしいところを紹介しますが、途中からはネタバレ全開で解説をしますので、未見の方、あるいは絶賛以外の感想は観たくない!という方はブラウザバックをおススメいたします。

 

 

 

 

今年公開予定の映画で一番楽しみにしていた映画、『ラ・ラ・ランド(LA.LA.LAND)』。
観る度ごとに新たな発見がある。半端じゃないですね。
ラ・ラ・ランド(LA・LA・LAND)は観れば観る程、本当によくできているのがわかる。
ちょっと驚異的です。
正直にいってこの作品の凄さは一回目に観た時には絶対にわかりません。

 

 

それは、別に”ここは○○のオマージュで”式の知識先行型鑑賞が必要だからという意味ではありません。
(もちろんこの作品が過去作にオマージュを捧げているのは重要ではありますが、それは単に”ミュージカルいいよね”という意味を超えて、この作品の本質に実は深くかかわっている)
パッと見のキャッチーさに比して、この映画でチャゼル監督は無茶苦茶にハードルの高いことに挑戦している
これは詳述しますが、このレベルの緻密さと熱量とがある作品はそうそうあるものではない。

 

よくもまぁセッションから二年足らずの間にここまでのものを作れたものです。

 

信じられない。

 

セッション評はこちら

 

作品の魅力をひとつひとつ数え上げればキリがありませんが、何よりも凄いと思うのは、脚本から演出、衣装、音楽、キャラクターの全てが圧倒的な緻密さによって一体化して結びつき、作品世界を形作ることに成功している点にあります。

 

”加えて”

 

それら一切合切をひっくるめて監督が

 

”夢とはなにか?”

 

”現実とはなにか?”

 

を、作品全体をもって真正面からからぶつかるように表現しているところにあります。

 

 

ひとつひとつのシーン”だけ”切りだして作品を説明しようと試みても片手落ちになる。
(あるいは特定のシーン”だけ”を取り上げて、けなしてもそれはあまり的を射ない)

 

なぜなら、あるシーンは”必ず”別のシーンとの”絡み”の中で意味がなすように計算されて作られているからです。

 

言い換えるとこの作品の魅力をより味わためには、個々シーンを解釈するスパンを物語全体、ひいては現実や夢といったところにまで広げて踏み込んで行う必要がある(と僕は思う)。

 

多くの作品はむしろ逆です。
個々シーンは良さ”げ”に見えても、全体を通して振り返って観ると矛盾や欺瞞が透けて見える。

 

ラ・ラ・ランドは、個々シーンはあくまでさりげなく、しかし全体を通してみるとその魅力がグッと引き出されるようになっている。

 

そしていきなり矛盾したことを言うようですが、この作品のさらに凄いところは、上記に加え、あくまでエンターテイメントとしての矜持を保っているところにあります。
決して難解で肩ひじはった作品ではありません。

 

さて、散々前置きが長くなってしまいましたが、ここからラ・ラ・ランドの驚異の完成度について僕なりに解説をしてきたいと思います。

 

僕の祖母は呉で育ち、暮らしていた。
祖父は新聞記者として従軍し、軍艦にのりフィリピン沖で海戦を経験している。
その後祖父は原爆投下直後の広島に記者として足を踏み入れた。
結局祖父はただの一度もその時に見た時のことを家族に話すことはなかった。
何をみたのか?
何があったのか?

 

 

 

映画,シン・ゴジラ,初代ゴジラ,共通点,相違点

 

 

庵野秀明監督は傑作『シン・ゴジラ』の完成報告の中で次のように言っています。

『怪獣映画は初代ゴジラがあれば十分だと、最初は東宝のオファーを断ったが、初代ゴジラの面白さ、衝撃に少しでも近づく作品にしたいと、結局、新たな挑戦を受けて立つことにした。』

 

東宝でのインタビュー

 

『シン・ゴジラ』と『初代ゴジラ』の共通点とは何か?相違点はあるのか?

 

このエントリーは、シン・ゴジラと初代ゴジラの共通点と相違点から、当時と今の日本の差異を明らかにし、よりシン・ゴジラを深く楽しめるようにしよう、というエントリーになります。

 

 

まずはシン・ゴジラと初代ゴジラを比較するにあたって、簡単に『初代ゴジラ』を未見の方のために以下にストーリーをまとめます。
※完全にネタバレですのでご注意ください。

 

 

吹き荒れたシン・ゴジラ旋風もすっかり『君の名は。』の驚異的な動員数にかすんでしまいそうになっているけれど、それでも僕は自分の気持ちを整理するためにも、ここで――時期外れになっていようとも――『シン・ゴジラ』についての感想を言葉にして整理しておきたい。

 

 

シン・ゴジラを観たのは公開間もなくで都合3回観た。

 

最初は何かの映画で予告編を観たのだけれど、正直にいって『これはダメだ、一体だれがみるんだ?』と思ってしまった、皆ダイコンとは言わないもののセリフは棒読みに近くゴジラも迫力があるという造形には見えなかったのだ。

 

「庵野秀明もエヴァンゲリオンは凄いけど実写はイマイチなんだろうな、やっちまったな」と思ったのだけれど、それからしばらくして「どうもシン・ゴジラが凄いらしい」というウワサが流れてくるようになる。

 

エヴァンゲリオンもゴジラも好きなこともあり、じゃあ少し観てみるかと軽い気持ちで――事前情報なく――観に行って僕は身体も心もぶっ飛ばされるような強烈な体験をすることになった。

 

少し大げさにはなってしまうけれど、僕は『シン・ゴジラ』でかつて経験したことのない感情を体験したと言っていいと思う。

 

 

ズートピア,感想,映画評,映画分析,深い,ネタバレ

 

ズートピア観てきました!
GW中、相当お客さんが入っていましたね〜。

 

僕自身も都合2回観たのですが、1回目と2回目で感じるものが全く異なりました。

 

1回目の感想は、正直に言えば『物凄く良くできているけれど、ミスしないことだけを目指した量産可能な作品』というものでした。

 

しかし2回目を観終えて、いや、これはそうじゃないな、と感じました。

 

この作品は『ディズニーという絶対に失敗を許されない枠ギリギリを熱く攻め切ったクリエイターの魂や叫びのあるものだ』、と思い直したのです。

 

この作品には、『どうしても今言っておきたいことがある!』という想いと深味がある。

 

それは『『差別と偏見』という重いテーマを取り扱っているから』という理由では決してありません。

 

『重いテーマ』=素晴らしい、とならないことは幾つか映画や本を手に取ればすぐにわかります。(あえて具体名は挙げませんが)

 

ではこの作品の一体なにがそんなにも熱く、強く、また素晴らしかったのか?(と、僕は感じたのか?)

 

『ただ良質であること』を踏み越えたこの作品のポイントを以下に書いてみたいと思います。

 

 

今日のコンテンツ
・隙のないエンタテイメントとしての『質』
・それでも枠からはみ出る、『今、俺たちはこれを言いたいんだ!』という叫び

 

ゲーム・オブ・スローンズ,進撃の巨人,パクリ,元ネタ,ハドリアヌスの長城

 

ゲーム・オブ・スローンズが各種オンデマンドサービスで配信されるようになり僕の周囲でもこの傑作海外ドラマにズッパまりする人が増えてきました。

 

次から次へと起こる予想外の展開に加えどのキャラクターも生き生きとして憎らしく、また愛らしく、まさに観るのをやめられない恐ろしいドラマですね、、、。

 

日本で果たして将来的にこんなドラマが生まれる日が来るのだろうか? と考えると悲観的な気持ちにさえさせられる、とにかく図抜けたドラマです。

 

さて、そんなゲーム・オブ・スローンズですが周りの未見の人におススメしようと簡単に内容を説明した時「あれ?それって進撃の巨人のパクリ?」と言われることが何度かありましたので、今回は『ゲーム・オブ・スローンズは進撃の巨人のパクリじゃないですよ』ということをエントリーしたいと思います

 

今日のコンテンツ

 

1) 進撃の巨人とゲーム・オブ・スローンズの共通する『壁』という設定

 

 ・巨大な壁と外にいる化け物(巨人)という設定
 ・ナイツウォッチと調査兵団

 

2) ゲーム・オブ・スローンズの『壁』の本当の元ネタ

 

 


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